教育の対価としての授業料なのかな?
所さんは、オンライン授業で大学施設を使ってないのに、大学の授業料が減っていないのはおかしいって言ってた。
「教育の価値、対価としてお金を支払うという考え自体が問題だ。」
ってなんかの本で読んだことがあるけど。
確かに大学の価値って、いろんなものが含まれていると思う。
まずは、なんと言ってもその大学に入学したという無形価値。卒業したなら卒業した価値。
ブランドにもなる。へえ、あの学校出たんだ。とか。それなりの説得力がある。
業種によっては学閥もあるだろうから人脈などが引き継がれる。
他には、もちろん授業、教育。クラブ、サークル、ゼミ活動。などなど。
私の場合、大学時代に無駄な時間の使い方してたのを思い出すけど、あれはあれで、有意義だったかもしれない。二度とできないだろうし。自由な時間を利用したきままな旅行は、今だったら絶対にできないことだったな。
番組では、とある学生さんの保護者が「図書館利用もしていないのに。」と言ってたけど、図書館利用している大学生がどれだけいるんだろうか。
施設の利用としての授業料ではないよね。他にも先生の給料とか、学習のためのインフラ、大学施設の維持管理だとか。
私は試験勉強のために大学図書館に行ってたけど、クラスの女の子に会いに行くのが主目的だった。それはそもそもの利用方法じゃない。
ということで、私なりの結論。
授業料は減らすべきではないのかも。
もしオンライン授業に変更したことで、それなりの経費削減ができたら減額は可です。
他にも気になった点。
番組では大学周辺の飲食をしていたけど。町おこしとしての大学誘致があるように、大学がオンラインになってしまうと、町が消滅する危機に陥る。
新潟から上京した学生さんは、一度も住んでない下宿を引き払っていた。
地方に住みながら東京の大学を卒業することも可能になるのかな?