個人の資質じゃなくて、システムの問題
取り調べで強引なやり方をする検察官が悪い、っていうのは確かにそうなんだけど、もっと大きな問題は「そもそもそうしないと評価されないシステム」にある。検察官って、自白を取ったり、起訴して有罪に持ち込んだりすることで評価される。つまり、無理やり自白を引き出したほうが出世しやすいって構造になってるわけ。だから、個人の意識改革じゃなくて、システムを変えないと何も解決しない。
実際、自分の職場でも似たようなことがあった。昔はミスが起こると、誰の責任かを追及して、その人に「気をつけろよ!」って言うだけ。でも、それって結局、また同じようなミスが起こる。だから、「ミスをするのは個人の問題じゃなくて、システムが悪いんじゃない?」って考えて、仕組みを見直したら、ミスが激減した。これと同じことが、検察の取り調べでも起こってるんじゃないかと思う。
袴田事件に見る、システムの怖さ
個人の判断ミスが悲劇を生むのが、いわゆる冤罪事件。中でも有名なのが袴田事件。1966年に起こった事件で、元プロボクサーの袴田巌さんが殺人犯に仕立て上げられた。当時の取り調べはまさに「自白ありき」。何時間も休みなしで追い詰められ、ついに「やりました」と言わされてしまった。でも、その後のDNA鑑定などで、決定的な証拠が覆り、57年後にようやく無罪が確定した。57年って……ほぼ一生だよね。
しかも、こういう冤罪事件が起こると、国家賠償もハンパない。袴田さんの事件では、4億円超の賠償請求がされてるらしい。こういうケースって、国にとっても大損害。つまり、適当な捜査をして短期的に成果を出そうとすると、長期的にはめちゃくちゃな負担になるってこと。だったら、最初からシステムをちゃんと整えておいたほうがいいに決まってる。
解決策はシンプル:「評価基準」を変えるだけ
じゃあ、どうすればこの問題が解決するのか? 答えは簡単で、「成果の定義を変えればいい」。今までは「自白を取れたら評価」「起訴して有罪になったら評価」だったのを、「適正な捜査をしたか? 証拠に基づいた判断をしたか?」っていう評価基準に変えるだけで、取り調べは劇的に改善する。
例えば:
- 取り調べの録音・録画を義務化 → 適正な対応かどうかをチェック
- 外部機関による評価 → 内部だけでなく、第三者が取り調べの妥当性を確認
- 証拠に基づく立件を評価 → 自白に頼らず、物証を重視する捜査を促進
これをやれば、暴言や威圧的な取り調べをするメリットがなくなるし、逆に適正な捜査をすることが評価されるから、現場の意識も変わるはず。
システムが変われば、人の行動も変わる
結局、人は評価される方向に動くもの。だから、成果主義をなくすんじゃなくて、「何を成果とするか?」を変えれば、問題は自然と解決する。これはどの職場でも共通する話で、「個人の意識を変えろ!」って言うより、「仕組みを変えよう!」のほうが効果がある。
検察の問題も、同じように考えればいい。個々の検察官の資質に頼るのではなく、**「適正な取り調べが評価されるシステム」**を作ること。これだけで、無駄な冤罪を生まずに済むし、国家賠償で何億円も失うこともなくなる。
シンプルな話なのに、なぜか変えようとしないのが不思議だけど、そろそろ本気でシステム改革に取り組む時期なんじゃない?