先日、水島漫画について書きましたが、矢口高雄先生は?と聞かれましたので、書いてみます。
矢口の次女 かおるです。
— 矢口高雄 (@yaguchi_takao) 2020年11月25日
父・矢口高雄は11/20に家族が見守るなか、眠るように息を引き取りました。今年5月に膵臓がんが見つかり、約半年病気と闘っていました。すごく辛くて苦しかったはずだけど、涙も見せず頑張りました。最後まで格好良い自慢の父でした。パパ、ありがとう。そして、お疲れ様。 pic.twitter.com/mcjw1eOuye
私は野球少年でもあり、釣り少年でした。
漁業が盛んな街で育ったので、釣りは身近な遊びでした。
私の知っている海というのは、砂浜ではなく、たかーい防波堤とテトラポットの山の向こうにあるものでした。
まず防波堤に登れること、テトラポットの上を綱渡りのように飛び跳ねて前に進めることが絶対条件で、そうしないと海には近づけませんでした。
だから本格的に釣りができるようになったのは小学校高学年からですね。
釣りが身近になったとたん、この漫画が急に面白くなってきました。
ちょっと品がなくて、野生児で、釣りが上手い。
当時の漫画で「早糞」なんて、他の漫画になかったのでびっくりしました。
やったことのない、川釣りや沼、北海道の湿地、ルアー釣りなんかに憧れました。
海の投げ釣りは、漫画としては、あまり面白くなかったけど、身近であり、投げ釣り競争の場面を、みんなで真似しながら投げてました。
当時は海ルアーって、誰もしてなかったと思うのですが、どうしてもルアーがしたくなって、してみたら一投目でアイナメが掛かり驚いたことがあります。
水島漫画にも共通することなんですが、リアルなんですね。漫画家の先生自身が経験してる。だからこそ書ける物語がある。
巨人の星も面白かったけど、野球選手はそんな投げ方はしない。という場面が多かった。
ほんとに漫画から多くの影響を受けました。
たぶんいまだに本をたくさん読んでいるのはこの経験によるんじゃないかな。
漫画家の先生方は、子供たちに多くの夢やストーリーの大切さなんかを教えていたんだと思います。