幸せなことだけをして生きていきたい

社会派ブロガー 。ランナー。考えたこと、学んだことの中から「12歳の時の私」に知っておいてほしいコトを書いています。

小学生時代のソフトボール大会での経験

私はそんなに要領がいい方ではありませんが、試練をうまく乗り越えた経験が何度かあります。

 

原体験は小学生時代の話です。

 

小学生時代、私の住んでいた地区では、毎夏、地区対抗のソフトボール大会がありました。

なにぶん昔の話ですので、他にメジャーなスポーツがなかったため、私達の中では、かなり熱の入ったものでした。私のいた下町地区は子供が少ないため弱小で、一方、山の手地区は子供が多く、親が熱心なこともあり、優勝争いをしていました。

 

ある年、同じ下町地区である隣町が、優勝候補の山の手地区町と1回戦で当たることになりました。

隣町は運動神経の優れた6年生が二人しかおらず、他はいわゆる使えないメンツでした。その二人が必然的にバッテリーだったのですが、二人だけではどうしようもありません。私の町と同程度の弱さでした。まあ1回戦負けは間違いなしというところです。

 

ところが、いざ試合が始まってみると、いつもバッテリーを組んでいた6年生二人は、ショートとレフトを守っていました。肝心のバッテリーは、ピッチャーが下級生で、恐ろしく遅い山なりボールを投げていました。あまりに遅いため、キャッチャーも下手でも大丈夫です。

 

優勝候補チームは、いつもとあまりに勝手が違うため、驚いてました。

ピッチャーが投げるボールが、あまりに遅かったので、全ての打球がショートとレフトの守備範囲に飛んでしまい、次々とアウトになっていました。大きなレフトフライを打っても、いつもならレフト超えのランニングホームランになるところなのですが、ふかーく守っているレフトが俊足なため、追いついてしまいます。柵越えホームランなしルールをうまく使っていました。結局、優勝候補チームが接戦を制して勝ち上がり、最終的に優勝できたのですが、この初戦が一番難しい試合だったと言ってました。

 

このことは、私にとって大きな衝撃でした。

 

弱いチームながら、私も地区対抗ソフトボール大会に真剣に取り組んでいたのですが、毎年、一回戦負けで、半分やる気を失ってました。

 

ところが、私のチームとほとんど実力が変わらない隣町が、優勝候補と渡り合え、実質、準優勝チームになっれたことに驚きました。

選手起用によって、チームの実力が変わることを実感できたのです。

 

弱者の戦略というものに気がついた瞬間でした。

 

このことが私の人生に影響していくことになります。

長くなりましたので、続きは後日にします。