幸せなことだけをして生きていきたい

日常で考えたことを、「14歳の私」に伝えたいコトを書いています。もっと失敗しろよ。

努力すれば道は開けるのか?

先日の続き。ひろゆきさんの本の感想です。 

yoshimor.hatenadiary.jp

 

ひろゆきさんは、努力の無意味さを唱えてます。

 

ちょっとニュアンスは違うんですが、私は努力型でした。

 

おそらく中学時代の成功体験が元になっていると思います。

 

小学校までは普通の生徒だったのですが、

 

小学校は丘の上にあり、一番遠いのが私の家でした。徒歩30分。

 

部活もやっていたので、必然的に体力がメキメキつくことになりました。

 

どちらかというと体力ないやつだったのに、校内マラソン大会では、バスケ部エースに続く準優勝をし、優勝したエースに「お前、やるな。」と言われたことが中学イチの思い出です。

 

このことから私が学んだのは、

努力で何事かを成し遂げることができるけれども、その努力には仕組み化が鍵になる。

ということでした。

おそらく、それなりに地力があって、私と同じ通学をしていたら、私と同じようにマラソン準優勝できたと思います。

 

その学びが生きたのは、大学受験です。

 

その昔、現代社会という科目があったのですが、制度の狭間で、ごく短期間しか受験科目になっておらず、教科書もばらつきが多く、試験作成者も手探りでした。実際、対策問題集や、予備校が作る模試はかなり違和感のあるものでした。模試の結果は偏差値50程度でした。

 

なので、私は常識的な問題しか出ないと考え、新聞を読むことだけで、本番では、ほぼ満点を取ることができました。

 

現代社会というラッキーな科目があり、私はおかげで大学に入学することができました。しかし私はラッキーだけとは考えていなかったのです。私なりに対策を考えることで、他人を出し抜いたと考えていました。

 

つまり努力は報われると考えていた。と思います。

 

そしてその成功体験が、あとあとの失敗につながるわけです。

yoshimor.hatenadiary.jp