幸せなことだけをして生きていきたい

社会派ブロガー 。ランナー。考えたこと、学んだことの中から「12歳の時の私」に知っておいてほしいコトを書いています。

「私、間違ってる?」というのは危険な言葉

世の中の問題のほとんどは、これじゃないかな。と思う。正しさなんて、どうでもいい。「私、間違ってる?」って聞いてくる人が多いけど、そういうことではないんだよ。 https://t.co/WwPRMMlFC5

 

ちきりんさんが、おもしろいツイートをしてます。

 日韓レーダー照射問題と、小室圭さん問題が似ている点は、「自分の正しさを認めてもらうこと」が問題の解決につながると誤解してるところ。

 

そうやって考えると、北方領土問題もそうだし、世の中の問題の、ほとんどはそういうことってことになるな。

 

私がこのことを初めて感じた出来事は、下記に書きました。 

yoshimor.hatenadiary.jp

正しさを追求しても、意味がないどころか、逆に害がある。

ヒューリスティックってことも共通点が多い。 

yoshimor.hatenadiary.jp

 

こういった解決方法のないような問題については、ウヤムヤにしてしまい、「まあそういう問題もあるけど、力を合わせて前に進みましょう。」的なノリが一番だと思うようになりました。

 

真面目な人ほど、正しさにこだわってしまい、断裂が深刻化してしまう。

 

トランプ誕生もこれだったよな。

 

わが支店の赤字問題もウヤムヤになりつつあります。

誰のどの判断が一番悪かった。ということを明らかにしても赤字は解消されません。それよりも、今、少しでも売上を上げるほうが大切だし、みんなの幸せに繋がる。

まさにヒューリスティック

 

この本にも書いてありました。正しさの追求が良くないって。 

知ろうとすること。 (新潮文庫)

知ろうとすること。 (新潮文庫)

 

 ファクトを重視。よりスキャンダラスでないほう、より正義を語ってない方を選ぶ。

 

「私、間違ってる?」というのは危険な言葉です。