幸せなことだけをして生きていきたい

社会派ブロガー 。ランナー。考えたこと、学んだことの中から「12歳の時の私」に知っておいてほしいコトを書いています。

村田修一選手の引退に思うこと 私の不運なんて、彼に比べればたいしたことない

先日、私の好きな野球選手の一人、村田修一選手が引退しました。

 

弱小横浜時代はまさに孤軍奮闘でした。そして内川選手に引き続いて、村田選手も横浜を出ていきました。

 

村田選手の移籍先は巨人でした。清原選手、広沢選手、江藤選手など有望と思われたFA移籍選手たちのほとんどは、圧倒的なプレッシャーと、外様には厳しい巨人の雰囲気のため、活躍できませんでした。

 

本当に活躍したと言えるのは、落合選手、小笠原選手くらいだと思います。その厳しい環境の中で、村田選手は活躍しました。これは本当に素晴らしいことだと思います。

 

不可解な補強(マギー選手獲得)のあおりで、レギュラーから外れましたが、それでもそこからまた這い上がってレギュラーを獲得しました。活躍してもレギュラーが保証されず、若手育成の方針転換(村田選手退団後、岡本選手にチャンスが回りました)もあり、村田選手は再び移籍を試みましたが、残念ながら受け入れてくれる球団はありませんでした。

 

今年の状況からすると、阪神オリックスあたりが獲得してもよかったと思うのですが。

 

村田選手が不運なのは、通算2000本安打までもう少しだったということです。2000本安打を達成するまでは、使い続けないといけません。その直前に首にするとファンが納得しません。

 

今年、ロッテのフランチャイズ・プレーヤー福浦選手が2000本安打を達成しました。まさにファン、球団が支えての偉業です。各種データから言っても村田選手のほうが打者としては上なのですが、さすらいプレーヤーには厳しい状況となってしまいました。

 

村田選手が横浜に居続けたら、巨人で補欠として残れば、というたらればは、あるのですが、そういうものをふっきって、今回の引退挨拶は清々しいものでした。

 

彼は十分活躍しました。横浜を優勝できなくてという気持ちもあったのでしょう。ファンのために2000本安打を達成できなかったというのもあると思います。FAで移籍したことはルールですので、とやかく言われる筋合いはないと思います。

 

彼の「本当に申し訳ありませんでした。」は言う必要ないと思います。野球選手としての活躍は十分すぎるほどでした。

 

村田選手、ありがとうございました。